【小説】『護られなかった者たちへ』生活保護の欠陥に迫る・社会派ミステリー【人物・ネタバレ】
こんにちは。 のじれいか（@noji_rei）です。
小説『護られなかった者たちへ』
中山七里原作による、東日本大地震後の仙台が舞台の社会派ミステリー。
生活保険事務所の課長が殺害されたところから物語は始まります。
事件の捜査にあたる宮城県警捜査一課の苫篠誠一郎と蓮田は、被害者の職種から事件は生活保護の受給者と関係があるのではと推測します。
そして生活保護受給者について調べるうち、生活保護の申請を却下する実態について知っていきます。一方で不正受給者の現実にも触れることに。
やがて苫篠は、利根勝久という人物に行きつくのですが……。
メディアでも度々取り上げられる、生活保護の実態と制度の欠陥について、鋭い視線で描かれた作品でした。
ここでは、本作品の要点と、主な登場人物についてご案内します。
人物相関図もあるので、ご参考になればさいわいです。
ストーリー
東日本大地震から４年、仙台市の無人のアパートで遺体が発見されます。被害者の名前は三雲忠勝、福祉社会保険事務所の職員でした。
本事件の担当になった宮城県警捜査一課の苫篠誠一郎と蓮田は、三雲が生活保護の申請をする課の課長だったこと、また殺害方法が拉致拘束による餓死という残酷な方法だったことから、怨恨による犯罪ではと考えて調べを進めます。
しかし三雲の事件から４日後、再び事件が怒ります。宮城県議会委員の城之内猛留が遺体が発見されたのです。殺害方法は同じく餓死だったため、２つの事件の犯人が同一人物であるとほぼ断定されるのでした。
三雲と城之内の二つの事件、その関連性を調べる苫篠たちは、二人がかつて塩釜福祉保険事務所で生活保護の仕事に就いていたことを調べ上げます。
そして警察は、塩釜福祉保険事務所に当時の資料の提示を求めますが、隠したいことがあるらしく提示は難航。どうにかデータを提出させるものの、内容には改ざんがみられ……といったやりとりの末にようやく、当時の保険事務所が生活保護申請を却下していた現実と、対象になった人物が浮かび上がります。
その中で目に留まったのは、遠島けいという人物。けいが生活保護申請のため事務所を訪れたとき、利根勝久という人物と一緒でした。
利根は、けいの申請を却下した三雲を殴り、しかも事務所を放火したことで懲役１０年を求刑判決されていました。しかし模範囚で減刑され最近出所していたことが判明します。
苫篠たちは、利根の身元引き受け人の櫛谷貞三の元を訪ねるのでした。
人物相関図
簡単に人物相関をまとめました。登場人物が多いので重要だけですがご紹介します。
一人めの被害者・三雲忠勝について
三雲忠勝は、生活保護の申請に長年携わってきた人物です。
お人好しで、真面目で慎重、妻からも浮気をしたこともないだろうと思われているような男性です。
それに現在の職場では、受給者と直接接点を持つことはなく、トラブルに繋がることは考えられないと、三雲の部下である円山菅生も語っています。
二人めの被害者・城之内猛留について
県議会委員の城之内猛留は、黒い噂はまったくなく、信頼の厚い人物です。
仕事と家庭を愛し、家族の前で仕事のことを口にすることはなかったと言います。しかし、刑事の苫篠は、家族に口できないこともあったのではと、好人物の別の側面について考えるようになるのでした。
そして城之内は以前、三雲と同じ福祉保険事務所で働いていた過去がわかってきます。
三人めに狙われる・上崎岳大について
三雲忠勝と城之内猛留が、同じ福祉社会事務所で働いていたとき上司だったのが上崎岳大でした。
６５歳の城之内は現在、団体の名誉職を勤めており、現在は「宮城セレブリティ倶楽部」という団体に所属。さらに事件の最中は団体の旅行で海外に渡っていました。やがて、その組織は海外で売春斡旋をしている、という実態がわかります。
三雲と城之内の事件で、利根が実行犯である物的証拠は上がっていませんでした。しかし利根は、上崎が帰国してすぐに接触する、という情報を掴んだ苫篠たち警察は、利根を空港で待ち受けます。
刑事・苫篠誠一郎について
苫篠誠一郎は、宮城県警捜査一課で働くようになって１０年になる刑事です。大人の男で、若い蓮田より冷静ですが、実は蓮田より熱いところがあります。
その理由の一つとして、苫篠自身、気仙沼に赴任中のとき東日本大地震に見舞われ、妻子を失ったつらい過去を持っています。命にかえても護ると心に誓った我が子の命を奪われたことで、苫篠は心の奥に深い絶望を抱えています。
物語の中で苫篠の家庭は頻出するわけではありません。しかしタイトルにある「護れなかった者たちへ」は、苫篠のように震災で家族と別れざるを得なかった人の気持ちも含まれているのでしょう。
利根勝久について
利根勝久には、父はおらず、母は利根が高校生のとき愛人と家を出ていってしまいました。愛を知らない天涯孤独の青年です。
利根は真面目な男なのですが、運が悪く、ヤクザ相手に喧嘩をして執行猶予の刑を受けてしまいます。
その後、再び絡まれているところを行きずりの遠島けいに助けられ、けいの家に身を寄せたのが縁で親しくなります。けいの家には、近所に住む少年カンちゃんが通っており、３人は擬似家族のような関係になっていきます。
しかし、暫くして利根は仕事が決まって多忙になってしまい、けいの家を頻繁に訪れることができなくなります。
やがてけいに違和感を覚えたカンちゃんの連絡を受け、久しぶりにけいの家を訪ね、利根は、それが貧困によるものだと察します。
利根は仕事を休むことができず、利根自身も生活はギリギリの現状でしたが、何とか休みをつくって、けいを生活保護の申請に連れていきます。
それにけいは、利根が勧めて一度めの申請に行きましたが断られてしまい、今回の訪問は二度目でした。
しかし、福祉社会事務所の担当者は、音信不通であっても兄弟がいること、資産調査が不十分なことを理由に、けいの申請を却下します。
その後けいは餓死。激しい怒りを覚えた利根は、三雲を殴り、事務所に放火をしたことで１０年の実刑判決を受けたのでした。
模範囚だったことから刑期を短縮して８年で出所した利根。
利根は本当に三雲と城之内を手にかけたのか？
また刑務所仲間の五代から、上崎岳大の情報を入手した本当の理由は？
……が、物語の鍵になってきます。
生活保護申請却下の影で蔓延る不正受給の現実
この小説が発表されたのは２０１７年。この頃は東日本大地震の復興のため、多くの人が前を向こうと頑張っていた時期でしたが、現在はコロナ禍によって生活保護の申請は急増したと伝えられています。時代は確実に動いていますが、問題は尽きることはありません。
税金を納めていても、本当に困っているときに助けて貰えない場合がある。しかしその一方で不正受給も横行している。その現実に沿った物語でした。
ここで描かれるすべてが、生活保護の実態と捉えられるのかはわかりません。ただ「護られなかった者」が存在しているのは現実。その事実を物語のフィルターを通しながら語られると、自分も社会の選択からいつ溢れ落ちても不思議ではないし、逆に護られる保証などどこにもないと、すごく恐ろしくなってきます。
お金か愛かの問いかけは人間にとって大きなテーマです。真面目に考えれば、どちらもバランスよく持てれば一番でしょうが、長い人生で両方またいずれかを枯渇させずに持ち続けられる人は、実はそれほど多くないのではないか。
決して人ごとではない。恐ろしい話だと思いました。
それではまた。のじれいかでした。
