生きやすさが追求された結果、やさしさと思いやりに溢れる社会が構築された世の中。
病による死からほぼ開放されるのと引き換えに、完璧な管理社会を生きることになる息苦しさを描いた近未来SF小説です。
伊藤計劃著、小説『ハーモニー』の感想。また映画化もされているので比較した感想も書きます。
ハーモニー
2008年発行 早川書房
伊藤計劃(著)
自分のものではない自分の肉体
大災禍により病気や事件、災害が頻発した後の世界。人がもっとも恐れる死の恐怖を限りなく解消させようと、健康思考まっしぐらな世の中がつくられた。
個人の身体に『WatchMe』とという管理システムを入れることが義務付けられたことで病気はほぼ駆逐され、死を可能な限り遠ざけた社会平和を維持できるようになる。
ただし人間は自分自身のために存在するのではなく『社会のリソース』として存在する。人は公共物なので、誰もがやさしく思いやりに溢れていて、またそうでなければいけないという意思を持って生きています。
健康でいる代わりに自由を手放しているので、飲酒も喫煙も珈琲を飲む自由はままなりません。しかも個人情報は可視化されてダダ漏れ状態です。
……確かに文明が進歩するほど管理化は進むので、画一された社会になっていくのは頷ける。現実だってそう。個人情報保護法や情報セキュリティに関する法律がある一方で個人情報を紐づける動きもある。あと100年くらいしたら管理社会が出来上がっているように予想できます。
この物語の社会でも死は免れないものだけれど、平均寿命は100数十歳を軽く超えて、老いの心配は限りなく無に近い。だけどその代わり自由や密やかさが失われて個人が個人でなくなるとしたら、あなたはそれでも生きることを選びますか? 読み進めるうちにそう問いかけられていることを感じてゆきます。
私は臆病者です。この物語の主人公の霧彗トァンや、トァンが魅了される友人ミァハのように反撃を翻すことはきっとできない。その先で大切なものを失う未来が待っていたとしても。
高校生のときに出会ったトァンとミァハ、キアンという少女たち。博識でカリスマ的な存在のミァハは、大人になって自分が自分でなくなる前に一緒に死のうと2人に持ちかける。でも結果的に亡くなったのはミァハひとり。
13年後、トァンと再会したキアンが目の前で突然自害、同時刻に数千人の自殺が発生したことがわかる。WHOの上級職員のトァンは仕事のためと言いながら、個人的な心情から亡くなったはずのミァハの影を追い続けます。
やがてミァハの過去が明らかになり、トァンも研究者だった父が姿をくらましているなど影のある事情がわかってきます。
意識を失くしても生き続けたいか?
超絶健康志向で人間は社会のために存在する、そんな世の中で同時多発自殺が発生。それは作為的な犯行で、「誰かを殺めなければ、あなた自身が命を落とします」という犯行声明が流れ、Watch Meによって管理されている人々たちは静かなパニックを起こす。
トァンは、研究者であるトァンの父とミァハの影を追ううちに、管理システムには脳の制御機能も搭載されていることを知る。
凶暴性や悪意を取り除き調和の取れた意思を保たせようとする<次世代ヒト行動特性記述ワーキンググループ>によるハーモニーププログラムを発動させてしまえば人間の意識は失われる。
ミァハは『意識を持たない』特殊な民族に生まれ育ち快適に生きていたのに、戦時下で兵士に拐われ辛い経験をしたことで意識が生まれ、怒りという感情が芽生え、それをなくすために意識の損失を望むようになった。
ここで言う「意識を失う」は、日常的に使う意識のように身動きの取れなくなる状態ではなく、外見的には普通に行動しているけれど、本人的には意思を持っているとは言えない混沌とした状態を指しています。
おそらくですが思考停止状態が延々と続くような感じかも。物語では思考の停止か命の損失かが問われますが、現実社会でも思考なんてどこまで働かせているのだろう、どこまで突き詰めて考えているのだろうと、この本を読んでいると不安にさせられます。
本当はすでに意識なんて失っているんじゃないのか。すでにハーモニープログラムが発動されているんじゃないか。物事を深く考えず自堕落に過ごしている自分自身に対して作者から警鐘を鳴らされているように思えました。
映画『ハーモニー』考え続けることが大切
映画版『ハーモニー』は2015年に上映されています。
小説の世界観をより洗練させ、わかりやすくまとめている印象です。エンディングが少し違うものの、小説の中でぐっときたり刺さる台詞や会話が、まるっと生かされていて感動しました。
話のテンポが早いので、思考停止状態だとついていけなくなる可能性大。映画版も考え続けることを促されます。
原作を読んでから映画を見るのがオススメ。
監督:なかむらたかし、マイケル・アリアス
日本、120分
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※本記事の情報は2021年4月時点のものです。
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それではまた。
のじれいか でした。