キレイなトイレ調査研究所

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ドラマ『こもりびと』を見て引きこもり40代男性について再考

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こんにちは。
以前、ひきこもりについての記事を書きました。

 

noji-rei.hatenablog.com

 

引きこもりを無理に解消することはない。バイトしてパソコンを買って収入を得る手段を模索すればいいという考えで、私の身近な人間に起こったことも書いたもの。

最近になってこの記事のアクセスが増えたので、どうしてだろうと思ったところ、こちらのドラマが放送されたからのようでした。

 

ドラマ『こもりびと』

 

mainichi.jp

 

Nスペで放送されたドラマ『こもりびと』。引きこもりをする人が高齢化して「8050」問題などの社会問題になっていることを受けて、実話や取材を元に書かれたストーリー。

厳格な元教師の父親(武田鉄矢)が病気で倒れて余命宣告を受けますが、引きこもりの息子(松山ケンイチ)は知らぬ存ぜぬ。でも物語が進むうちに、父親の過剰な期待を受けて育った息子が、父親の期待に応える以外の生き方を知らず、自分の価値観を築くことができず、引きこもっていったことがわかってきます。

父親は残された時間で、息子が何を考えているかを知ろうとする。息子は父親が病気とは知らない。一つ屋根の下に暮らしながら、互いを知らない親子関係が描かれました。(再放送で見ました)


私がこれを見て最初に感じたのは

・教師の子どもは、引きこもりやニートになりやすい
・当たり前だが、本人の性格が大きく影響する


ということでした。あくまで私の周囲を見渡しての感想です。教師は生徒を指導するので、家庭でも同じように子どもに接することが原因しているのかも。また生徒に一生懸命で我が子への気持ちがどこか疎かになったりすることも考えられる。(経験上)

日本にはいまだに画一的な価値観が存在するし、社会問題や教育制度が引きこもり問題と無関係ではないはずで、色々な原因が入り混じって単純な話ではないとわかった上で感じたことです。


最近、家庭環境が子どもの成長に与える影響を扱ったドキュメンタリーを観る機会がありました。

 

 

 

ドキュメンタリー『同じ遺伝子の3人の他人』

 


同じ遺伝子の3人の他人(字幕版)

 

Amazonプライムで配信されている『同じ遺伝子の3人の人』というドキュメンタリー。

1960年代、生まれてすぐ里親に出された三つ子。彼らは多胎児であることを隠され、「裕福な家庭」「教師の家庭」「商店を営む家庭」に養子に出される。


青年期に偶然再会して自分たちが三つ子と知った彼らは、外見はそっくりで趣味嗜好も似ているため、最初は感激して常に行動を共にする。しかしやがて、似ているがゆえに苛立ちを募らせるようになる。


ドキュメンタリーの核は、研究者たちが実験のため、多胎児を引き離して階級の違う家庭で育てるように仕組んだという行為に対して。研究結果は今だに公開されず、ただ利用されたという彼らの怒りでした。


私はこの話を見ていて、教師の家庭に育った子どもだけが父親との関係を築けず、不幸な結末を招いたことに軽く驚きました。

多胎児で共通点は多いとはいえ、別人格なので育った環境だけが人格を形成するはずがない。それほど簡単ではないのは理解しているつもりなのですが、結果は興味深かったです。

 

親と暮らすなかで、耐えがたい違和感を覚えたら

 

親子関係は生きている以上、いや死んでからも続く。だからこそ厄介な存在でもある。子どもが自分の人生をどう生きるか考えたとき、受け入れ難い違和感を覚えたら、極めて前向きに距離を置くというのは個人的にはアリだと思います。

本来、家族という存在は、信頼して助け合える大切な仲間ですが、期待し過ぎることで相手を追い詰めてしまったら、どちらにとっても高ストレスでしかありません。

 

ドラマに似た、身近な実話


その家の両親はネグレストに近く、子どもに対して本気で接していなかった。たぶん現実が怖いのでしょう。

子どもは40歳近くになって、ほぼ働いた経験がないまま、家でじっとしている。ネガティブ思考で他人に対して否定的な性格です。

両親は、我が子がうまく育たなかったのは、妻のせい、夫のせいと押しつけ合っている。見なかったことにしているので、何ひとつ前進せず、時間だけが過ぎる。

家を出た方がいいのではと思いましたが、おそらくそれは本人だって考えているであろうこと。勇気もなく行動力もなくなっている。明日考えようと思いながら、現在に至っている様子です。

引きこもり問題はすごくデリケートで、おそらく正解なんてない。一度弾けるようなことをしてもいいと思いますが、職業柄、周囲の視線や評価が無視できないのでしょう。でも限界を感じたら無理をせず、大変かもしれないけれど、自由になることに力を注げたら、きっとやり直せるのにと思ってしまうのでした。


それでは、また。
のじれいか でした。