キレイなトイレ調査研究所

外出先で使えるキレイで安心トイレの調査をやってるブログ。おすすめ商品や心の保ち方、映画レビューなどを書いてます。

【雑記】さよならミケ。さよなら猫。

今週のお題「ねこ」

こんばんは。のじれいか(@noji_rei) です。
普段は街のトイレを見て歩いてブログにアップしています。

古いPCから実家で飼っていた猫(ミケ)の画像が出てきて懐かしくなったのと、はてなブログのお題が「猫」なことがあり、この記事を書いています。

ミケは三十年ほど前、土砂降りの雨の夜、実家のガレージで鳴いていた猫の名前です。

猫の鳴き声に気づいたのは、小学校低学年の弟でした。
弟が猫を自分の部屋に持ち帰ると、猫は生後二ヶ月くらいの三毛の子猫でした。


弟は子猫の体を拭いて温めてあげようとしたみたいですが、ガクブル状態で怯える子猫は粗相をしてしまい、怒った弟は子猫を居間に追いやりました。
居間で子猫は先住猫のブナ(サビ猫)とキャッピー(サバトラ)から執拗に匂いを嗅がれ威嚇されながらも、寝る場所と餌の確保はできたことで少しは安心した様子でした。

子猫は三毛猫だから「ミケ」と見たままの名前で呼ばれるようになり、気弱な表情をしつつも、ときにはブナやキャッピーと尻尾を膨らませて遊ぶこともありました。

当時、私の家族は、両親と二人の弟に私の五人でしたが、父の仕事の関係で来客が多く、家に家族以外の誰かがいるのがデフォルトの状態でした。

そんなこともあり、猫の家族内でのカースト順位は低く、家族の一員というより居候的存在でした。でも人から過剰に構われることのない猫は自由で、気に入った客人の膝の上で眠るときもあれば、近所を好きに出歩いてもいました。
近所を歩いていると誰かが猫に話しかけているのを見かけ、それがウチの猫ということもしょっちゅうでした。

ブナとキャッピーは活発な性格で、家と庭を好きに出入りさせていましたが、ミケは臆病な性格で滅多に家から出ようとしませんでした。
そんなミケが家から出たがったのは発情期を迎えたからで、病院に連れて行かれたミケは包帯を巻いて帰ってきました。

私は小学校から中学校に入り、中学校ではツキ子という女の子と親しくなりました。ツキ子の家ではクロという猫を飼っていました。クロは大人しくて、いるかいないかよくわからない猫でした。ツキ子は子供の頃からピアノを弾き、音大を目指していました。その頃、私は何をしてよいかわからず、でも家に帰れば家族と三匹の猫がなんとなくいる日々に満たされてもいました。

キャッピーが帰ってこなくなったのは、私が高校生になった頃だと記憶しています。
半年くらい戻らず諦めかけていたところ、キャッピーはふらっと帰ってきました。少し薄汚れていたキャッピーは元気で痩せてもいませんでした。
その頃の私は進学と将来のこと、恋愛のことと自分のことで一生懸命で、正直なところ猫の記憶は曖昧です。

大学に入ってすぐくらいにキャッピーは死んでしまい、その五年後にブナも死にました。二匹とも十五歳でした。
実家は昔と比べると人の出入りが減っていましたが、猫が増員されることはありませんでした。ミケは一匹になったことが居心地が悪いのか、この頃から一日の大半をソファの下で過ごし滅多に姿を現さなくなりました。

私が社会人になり二度目の転職した頃、音大を出てアメリカに留学していたツキ子から久しぶりに連絡があり、現地で知り合ったアメリカ人男性と結婚の報告とクロが随分前に死んでいたことも聞かされました。私は会社勤めに忙しい日々を過ごしているけれど何か満たされず、外の世界に居場所を求め、家から離れがちになりました。

ある日、昼過ぎに起きると家族は全員出払っていて、居間にはミケが眠っていました。
餌をあげたついでに猫のトイレを見ると、トイレの白い玉みたいな砂(猫砂)がピンク色に染まっていました。ミーミー鳴くミケをキャリーに押し込み、病院に連れて行くと軽い膀胱炎だと診断されました。

それから三年後、父が体調を崩して入院、三ヶ月後に他界しました。長いようで短い日々でした。
葬儀には大勢の人が弔問に訪れてくださり、大きな会場には大きな写真が飾られました。火葬場から戻ったときに葬儀社の方がその巨大な写真を持ち帰り、居間のソファの脇に置きました。
ミケは父の写真を見て「ナーオ、ナーオ」と繰り返し鳴きました。

その翌年、私は結婚して実家を出ました。
実家には母と弟が一人、ミケは以前より話しかけられることが増えて大切にされるようになっていました。

ミケが死んだと連絡を受けて実家に戻ったとき、私は泣きませんでした。
小さな箱に入れられて花で飾られたミケは、起き上がって鳴きそうにも見えたけれど、やっぱり絶対に鳴きはしないんだなと私にはわかりました。
ミケは捨て猫だから誕生日はわかりませんが、おそらく二十三歳になっていたはずです。

あれから十年、父もミケもほかの猫たちもいないまま、私の時間は過ぎています。 

猫をめぐる環境も大きく変化しました。
猫のTNR活動(猫を捕まえて、避妊手術を施して、戻すこと)が進み、都内で野良猫を見かける機会は激減しました。それに保護猫を譲渡するには厳しい決まりがあって「猫ちゃんの幸せ」を一番に考えるべき人間こそが猫を家族に迎える資格を持つそうです。

私は自分の幸せについては日々考えているものの叶っているかは微妙だし、ましてかつて家にいた猫たちが幸せであったかなどわかるはずはないと確信するタイプの人間です。

猫は気ままに外に出られなくなり「猫のしあわせを考えたら家から出さないのが一番」猫好きな人はそう口を揃えますが、それは「人間に例えれば」引きこもりで、本当に猫は幸せなのかしらと少し微妙に感じてしまうのです。

でもだからといって、今の時代猫を好きなように外に出すことは、虐待を受ける問題や病気を貰うリスクもありますが、糞尿やゴミの問題、他の動物への被害などの諸問題があり、猫を自由にさせることに無理があるのも理解できます。

街という人間のコミュニティから距離を置かれた猫は、一部の人たちから愛でられる動物へと変化したんだなと最近よく思います。

家に猫がいた日々を懐かしく想い出しながら、先のことはわからないけれど、たぶん今の私は自分の幸せを考えた方がいい時期で、猫とはこのまま暫く距離を置いた方がいいんだろうなとぼんやり考えました。

だから、いつかまた会うその日まで

「さよならミケ」

さよなら猫。

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ミケ、確か20歳くらいのとき