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セコいタマシイ

のじ・れいか。40代フリーター女。モテない、人気ない、金もないの3拍子。エンタメ好きは現実逃避の手段のひとつ。

今夜はパープルレインに打たれたい

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こんばんは、のじれいかです。

 本日、歌手のプリンスの死去が伝えられました。

プリンスの曲をはじめて聴いたとき、天才だと思いました。いま聴いてもまったく古さを感じませんし、むしろ新しいとも思えます。

「恥ずかしさ一杯の80年代」のなかにあって、現在に堂々と通用する作品をたくさん世に残しています。

通勤途中に聴いたJ−waveでは、ジョンカビラの番組内で予定を変更してプリンスの特集が組まれていました。

プリンスについて調べたのは、つい最近のことで、プリンスの元恋人のヴァニティが死去したというニュースを目にしたときでした。

amass.jp

ヴァニティ6とは、1980年代プリンスがプロディースした“ヴァニティ6”という女性だけのユニットで、メインだったのがヴァニティです。

ヴァニティとプリンスは恋人関係にありましたが、別離して別の道を進みました。

ヴァニティことデニース・マシューズ(Denise Matthews)はカナダ出身で、元々はモデルとして活動していた。低予算映画に出演するなど女優としても少なからず活動していたデニースは、1980年にLAで行われた〈American Music Awards〉でプリンスと出会い、交際するように。その後、プリンスが構想していた、下着姿でセクシーな曲を歌う女性グループのリード・シンガーに据えられ、ヴァニティという名前を与えられた。1982年にはヴァニティ6としてデビュー・アルバム『Vanity 6』を発表、中でもプリンスが変名で手がけた“Nasty Girl”はヒットを記録。またヴァニティは、プリンスの『1999』でバックコーラスとして参加、キャミオ(Cameo)『Alligator Woman』のアートワークを彩るなど活躍した。プリンスの寵愛を受けたヴァニティは、映画『パープル・レイン』では当初プリンスのヒロイン役とされ、彼女の人生を投影したキャラクターとなる予定だったが、彼女はグループを脱退し、プリンスのもとを離れている。その後、1984年にMotown Recordsとソロ契約を結び、2枚のソロ・アルバムを発表。1985年にはMotown創始者ベリー・ゴーディが指揮を執った映画『The Last Dragon』でヒロインも務めた。

1994年にはコカインの過量摂取により腎不全を起こし、危うく命を落としかけたが、奇跡的に助かった。その際の臨死体験がきっかけで熱心なキリスト教徒となり、「ヴァニティ」の名前を封印するように。1997年に腎移植手術を受けているが、病状が悪化していたようで、昨年9月には寄付を募るソーシャル・ファンディング・サービス GoFundMeにて、腎不全患者が行う腹膜透析における重大な合併症、被嚢性腹膜硬化症に罹っていることを明かし、高額な治療費を払う手助けを呼びかけていた。しかし、5万ドルの目標額に対し6599ドル(およそ75万円)しか集まらなかったという。そして米時間で2月15日、カリフォルニア州フリーモントの病院で亡くなったことが明らかになった。

 

プリンス、亡くなったヴァニティをコンサート中に追悼 「この世で一番美しい女性だった」 | bmr

 ナスターシャ・キンスキーに似た野性味がある顔立ち。いまは、ミランダ・カーのように甘めの顔立ちが主流ですが、当時はこういった女性が人気だったんですね。

ヴァニティが亡くなった直後のライブでは、追悼のコメントも出したというプリンス。本当に彼女のことを好きだったのだと思います。それに年齢を重ねていくなかで、周囲の人が世を去っていく諸行無常を悟るようになったからかもしれません。

ヴァニティが亡くなったのは2016年2月のこと、そのわずか3か月後にプリンス本人がこの世を去ろうとは。

運命の皮肉さというか、人の儚さを感じずにはいられませんでした。

 

今夜は久しぶりにプリンスを聴いて、過ぎ去った時間に思いを馳せようと思います。

R.I.P.

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